不憫な幼少時代を経て、世界のたかの友梨へ。

日本国内でもっとも有名なエステサロンと言っても過言ではない知名度を誇るたかの友梨ビューティークリニックですが、その代表を務めるのは店名にもなっているたかの友梨さんです。

 

たかの友梨ビューティークリニックを日本を代表するようなエステティックサロンにまで成長させた、たかの友梨さんの生い立ちにここでは迫ってみたいと思います。

 

翻弄された子供時代

たかの友梨さんは新潟県で医師の父と看護師の母のもと、この世に生を受けました。

 

これだけを聞くと何の変哲もない、病院での職場恋愛の末に結ばれた二人のあいだに生まれた子供という気がしますが、実はそうではありませんでした。

 

この医師の男性は既に妻も子供もいる既婚者で、たかの友梨さんの母親と不倫関係にあったのです。

 

普通の職場恋愛の末に結ばれた二人なら良かったのですが、不倫という人の道に外れた行為をしてしまった末に授かったのがたかの友梨さんだったのです。

 

既に5人の子供がいる医師の男性と不倫の末に子供まで生んでしまったたかの友梨さんの母親でしたが、当然身内からは大反対されることになります。

 

いつの時代も不倫は世間の風当たりが厳しいものですし、誰一人としてたかの友梨さんの母親の見方をしてくれる人はいませんでした。

 

結局、身内からの猛反対を受けてたかの友梨さんの母親と医師の男性は別れることになってしまいます。

 

その後、母親は別の男性と出会って恋に落ち、そのまま結婚することになりました。

 

たかの友梨さんと2歳上の姉は医師の父親が引き取ることになりましたが、面白くないのは医師の男性の妻です。

 

自分の夫がよその女性に産ませた子供を世話しなくてはいけないのですから、当然面白いはずはありません。

 

自然とたかの友梨姉妹にも辛くあたるようになりましたし、やがて二人は別々の場所に養子へ出されることになったのです。

 

しかし、たかの友梨さんが養子に出された先というのがこれまた酷いところでした。その養子先はお金目当てに彼女を引き取ったのです(^_^;)

 

大人の都合に振り回される

養子に出された先の養父は、最初からお金目当てでしたし、たかの友梨さんを可愛がろうという気はまるでありませんでした。

 

酒浸りの毎日でたかの友梨さんはいつも泣いて暮らしていたようです。そんなたかの友梨さんを不憫に思ったある夫婦が彼女のことを引き取ることになりました。

 

やっと平穏な生活を迎えることになった彼女でしたが、実はこの夫婦には子どもがいないと思っていたのが実は隠し子がいることが発覚してしまいます。

 

結局、この育ての親も離婚してしまうことになり、またたかの友梨さんは居場所を失くしてしまうことになるのです。

 

その後、育ての母の実家である群馬に移り住むことになったのですが、このように幼い頃の彼女は常に周りの大人たちに翻弄され続ける人生でした。

 

大人の都合によってあちこちたらい回しにされ、幼い彼女の心がどれほど傷ついたか想像する由もありません。結局彼女は小学校を6回以上も転校しなくてはいけない子供時代を過ごしましたし、不遇な人生を送っていました。

 

たかの友梨さんは育ての母のことを実の母と思っていたのですが、その後ひょんなことから真実を知ることになります。また、今まで親戚だと思っていた女性が実は実の母だということも知ってしまい、大人のことが誰も信じられなくなってしまうのです。

 

彼女はすべてに絶望してしまい、入水自殺を試みようとします。しかし、その時入った川の水のあまりもの冷たさにすぐ正気を取り戻しました。

 

そして、本当の娘でもないのに一生懸命育ててくれた育ての母親に対する感謝の気持ちが湧きあがってきたのです。

 

美容への道に進む

育ての母親への感謝の気持ちを再確認したたかの友梨さんは、これからは自分の力で生きていかないといけないと思うようになります。そんな彼女が進もうとした道が美容の道でした。

 

と言ってもこの時彼女が目指したのは理容師で、とりあえず手に職をつけたいと考えたのです。

 

理容師の道へ進み、持ち前の美的センスと手先の器用さで彼女はめきめきと頭角を現していきます。

 

そして、理容コンクールなどにも出場するようになり、群馬県の美容業界ではそれなりに有名な理容師になりました。

 

もっと美容の道を突き進みたいと考えた彼女は上京します。理容師の仕事だけでは給料が安すぎたため、皿洗いなどのアルバイトもしながら美容師を目指したのです。

 

もっと上を目指したいという執念にも似た気持ちで、皿洗いのアルバイトと理容師の仕事を続ける彼女。しかし、そんな生活がどんどん彼女の体を蝕んでいきました。

 

無理な生活を続けてきた彼女の肌はボロボロになってしまい、目の下には大きなクマが、ニキビもあちこちにあるような有様でした。

 

その後彼女は美容の知識をもっと身につけ、ビューティーアドバイザーとして働きたいと考えるようになりました。

 

たまたま化粧品メーカーが求人を出しており、たかの友梨さんはその化粧品メーカーで働くようになります。化粧品メーカーで働き始めてから彼女の肌もキレイになり、ニキビもなくなっていきました。

 

女性は美しく変わることができる、ということをこの時に彼女は知ったのです。また、美しくなれることへの喜び、幸せを実感した瞬間でもありました。

 

 

日本を代表するエステサロン

その後の彼女の活躍ぶりはもうお話しなくても分かるでしょう。

 

今ではたかの友梨ビューティークリニックは日本各地に店舗を展開していますし、美容専門学校まで運営しています。

 

まさに美容で大成功を収めた方ですし、多くの女性に勇気や生き甲斐を与えてきました。

 

世界中の美容法を研究し、良いと思ったものはすぐに取り入れて実践するという行動力も彼女をここまで成功させたポイントでしょう。

 

日本を代表する美容家となった現在でも彼女は世界中の美容を研究していますし、さらなる美の追究を行っているのです。

 

現在でもたかの友梨さんは精力的な活動を繰り広げていますし、自ら運営に関わっている美容専門学校での講師も行っています。

 

世界に通用するような美容の専門家、スペシャリストを育成したいと考えていますし、一人一人の生徒に対して真剣に向き合っています。

 

たかの友梨美容専門学校に入学してくる方の多くはたかの友梨さん個人に憧れを抱いていますし、本気で美容の道に邁進したいと考えています。

 

たかの友梨さんはそうした生徒一人一人に対して真摯に向き合っていますし、美容の明日を担う優秀な人材の育成に力を入れているのですよ。

 

少しでも多くの女性を美しくしたいという考えはたかの友梨ビューティークリニックを開業した当時から変わっていませんし、今でも少しでも大勢の女性に美しくなってもらいたいと考えています。

 

たかの友梨ビューティークリニックには多彩な美容エステのメニューが充実していますが、それはたかの友梨さんがこのような考えの持ち主だからです。

 

今後も彼女は今まで以上に精力的な活動を続けていくでしょうし、大勢の女性を魅了し続けるでしょう。

 

 

たかの友梨さんの生い立ちについてご紹介しましたが、いかがだったでしょうか。

 

相当不遇な子供時代を過ごしていた彼女ですが、美容の世界で瞬く間に成功を収めました。

 

幼い頃のツライ経験があったからこそ今では多くの女性に幸せを与えるような仕事をしているのかもしれませんね。

 

今後のたかの友梨さんの活躍にも期待したいものです(^^)/